Masako Imai's Cafe

Words
北海道新聞2005年11月13日版 日曜インタビュー

「ヘレン」が転機に
脚本家 今井雅子さん


 オホーツクを舞台に、見る、聞く、かぐことができない三重苦の子ギツネと人間との交流を描いた来春公開予定の映画「子ぎつねヘレン」。その脚本を担当した。東京都内の自宅マンションの仕事場兼キッチンには、ヘレンのぬいぐるみやポスターが並ぶ。「キャスト、スタッフ、すごくいいメンバーと組めて、転機となる作品になった」と表情に充実感をにじませる。
 四、五歳のころ、両手に人形を持って、人形に延々と芝居をさせたりしていた。両親が教員だった影響で、教師になることを念頭に大学は教育学部を選んだ。しかし、交通事故撲滅キャンペーンのうたい文句や学生作文コンクールなど「書くことが好きで、いろんなものに応募しまくって生活費を稼いでいた」。教育実習で文化祭の演劇に夢中になり、実習先の担当教諭から「あなたは教師に向いていない。生徒よりあなたが一番楽しんでいた」と言われた。この一言で教師ではなく別の道に進むことを決意。外資系広告会社にコピーライターとして就職し、仕事の傍ら、もの書きの活動をしてきた。  大阪府堺市出身。これまでの脚本家としての経歴は北海道がらみが目立つ。一九九八年の函館山ロープウェイ映画祭シナリオ大賞で準グランプリ。翌年、名称が変わった函館港イルミナシオン映画祭の同賞で準グランプリを受賞した「パコダテ人」が、ニ〇〇二年に初めて映画化された。また、テレビドラマの「彼女たちの獣医学入門」(NHK)は江別市が舞台の作品。そして「子ぎつねヘレン」。おかげで北海道出身と思っている人も多いという。「よっぽど相性がいいのでしょう。私の前世はキタキツネ」。話の随所で関西人らしいユーモアが発揮される。
 創作の基本姿勢を尋ねると、人と人、人と動物との出会いから新しいものが生まれることが面白い、と語る。「そういうことをまじめくさくなく、エンターテイメントとしても楽しめ、それでメッセージが届く作品を目指している」
 「ヘレン」は獣医師でキタキツネの写真家としても知られる竹田津実さんのエッセーが原作。脚本を書くにあたり、命の意味を考えることを主題にしたという。「この手の話はザ・文部科学省的に(まじめばかりに)なりがちだけど、とぼけたところもあって。映画を見た人が『三重苦のヘレンが生きた時間はいい時間だった。だって、ヘレン幸せそうだったよ。そう思えたもん』って思ってくれれば」
 今年七月、「書く時間より、 打ち合わせや考える時間が欲しかった」と十二年三か月勤めた広告会社を退職し、フリーになった。「ヘレン」の後も村山由佳さん原作で来年公開予定の「天使の卵」 など数本の映画の仕事を抱える。広告会社の体験をもとに書いた少説「ブレーン・ストーミング・ティーン」も来春、自身の脚本によってテレビドラマ化される予定だ。
 売れっ子への道を歩みつつあるが、「独学で脚本を勉強したので、日々周りから『こんな書き方はしない』と言われる。でも、下手な英語でもいいこと言う人はいますよね。ああいう感じになれれば」。生活感あふれるキッチンを仕事場に、マイペースであふれ出る言葉をパソコンに打ち込む日々が続きそうだ。
  (文・中元克治 写真・浅利文哉)

『月刊デ・ビュー』2003年1月号 今月のクリエイターVol.2

すべての応募作品に暖かい言葉をかけていた
お逢いしたこともないシナリオ講座の先生が恩師です


 映画『パコダテ人』、『風の絨毯』などの脚本を手がけた今井雅子さん。現在、外 資系広告代理店でコピーライターとして勤務しているという。
「仕事が終わって家に帰っても、言葉に対する熱がさめなくって、以前は小説を書い たりしていました。でも、毎日少ししか書けないから、一本書くのに一年かかってし まう。その間に、主人公の人格が変わっちゃったりして(笑)。小説は私には向いて いなかったようですね。そんな時、ある雑誌に連載されていた、誌上シナリオ講座に 出会った。新井一さんという方が優しく指導してくれていて、毎号、600字でシナ リオを書く課題が載っていました。ためしに出してみたら、その先生から返事が返っ てきて、“私は才能がある!”と思いこんでしまったんですね」
 会ったこともない人を先生と思い、さまざまなコンクールに作品を提出しはじめた 今井さん。一年後、新井一氏は他界、雑誌にはこんな記事が載った。“先生は送られ た課題すべてに目を通し、すべてに返事を書かれていた”と……。
「暖かい言葉をかけていただいていたのは、私だけじゃなかったんです。でもその情 熱と懐の深さにあらためて感動し、“この人のために書こう”って、シナリオを書き 続けることを決意しました。会ったことはないけど、書くきっかけと、いろんなこと を教えてくれた。今でもあの方が、私の“恩師”です」
 文字を主体としたさまざまなメディアで、今井さんの体質は、脚本に合っていると いう。
「脚本は見えるものと聞こえるものを書けばいい。その合理的なところが自分の性格 に合っていたようです。子供の頃は身体が弱くて、いつも一人で人形で遊んでいまし た。親に言わせると、その時の人形の会話はきちんとストーリーになっていたそうで す。今でも、脚本を書く時には、登場人物たちに勝手に会話をさせて、それをひたす ら文字にするんです」
 日頃から心掛けているのは、新聞や雑誌の記事のスクラップ。題材になりそうな事 柄を、音・写真・病・職業・老人・スポーツなどのジャンル別にわけて、ファイリン グしている。この広いアンテナが人の心をキャッチするフレーズを生む。
「あとは人に会うことが大事ですね。会って無駄だったということはほとんどない。 私がすごく好きな言葉は、英語の【Share】。分かち合うという意味ですが、い つも人と何かを分かち合いたい。それをドラマや映画のなかでやっていきたいんです。 仕事で書いているから、ビジネスなんだけど、私が大切にしているのはハピネス。私 もコンクールから出た人間なので、誰にでもチャンスはあると断言できます。誰かが 必ず見ているので、真剣にチャレンジすれば、良い出会いがあるはずだと思います」  映像業界では、さまざまな分野のクリエイターたちが、その垣根をこえて活躍して いる。今井雅子さんは、言葉をあつかう文字の分野で、その垣根をこえようとしてい る人かも知れない。

『パコダテ人』
シナリオ大賞の審査員・じんのひろあき氏の家にあった脚本を映画監督・前田哲氏が 発見したことから映像化。宮崎あおい演じる少女・ひかるに、ある日突然シッポが生 えちゃった……。(DVD ¥4700 発売:アートポート)

『風の絨毯』
イラン・日本初の本格的合作映画。逞しく生きるイランの少年と、母を失った日本の 少女さくらの心の交流を描いた感動作。本年度東京国際映画祭招待作品。来春全国公 開。

仕事場はキッチン。ベランダでガーデニング。気分転換に食器を洗ったり、植物に水 をあげたりする。大好物の甘い物はシナリオ執筆の必需品。多彩な趣味も今井さんの カラーを創る。

今井雅子(いまいまさこ)●1970年、大阪府生まれ。京都大学教育学部卒業。97年よりシナリオを書きはじめる。外資系広告代理店マッキャンエリクソンのコピーライターでもあり、99年、カンヌ国際広告祭ヤングクリエイティブコンペには日本代表として参加。日本シナリオ作家協会会員。98年、『昭和七十三年七月三日』で函館山ロープウェイ映画祭第3回シナリオ大賞準グランプリ受賞。99年、『ぱこだて人』が函館港イルミナシオン映画祭第4回シナリオ大賞準グランプリ受賞。後に『パコダテ人』として映画化。ドラマの台本や、脚色、作詞なども手がける。『雪だるまの詩』で第26回放送文化基金賞・ラジオ番組「本賞」受賞。

取材・文/三宅林太郎
撮影/古賀良郎
『風の絨毯』の子役オーディション告知もしていた『月刊デ・ビュー』が毎月一人ピックアップするインタビューコーナー。和気あいあいと楽しい時間でした。

『月刊公募ガイド』2002年5月号 シナリオライターのお仕事

映画をつくる過程そのものが
まさにドラマなんです


 函館に住むごく普通の女子高生ひかるに、ある日突然シッポが生えた……。キュートなファンタスティック・ムービー『パコダテ人』(受賞時は『ぱこだて人』)のシナリオで、函館港イルミナシオン映画祭第4回シナリオコンクール・準グランプリを受賞した今井雅子さん。この脚本に一目ボレした前田哲監督が今井さんにコンタクトを取り、映画化が実現。原作つきの映画が多い昨今にあって、見事オリジナル脚本での映画デビューとなった。
 ストーリーは、シッポが生えたひかるを以前と変わらず受け入れる家族愛を軸に、彼女の恋愛話が絡んでくる展開。しかし、受賞時の脚本は、シッポの生えた「ぱこだて人」と、彼らを函館から追い出そうとする人々との対立話だった。恋愛話は一切なく、家族の影も薄かったという。「監督に“シッポが生えるという発想は面白い。でも、ふつうシッポが生えて一番困る状況って、恋愛じゃない?”と言われて」。なるほど!と思うと、人の意見はどんどん取り入れていくのが持ち味、という今井さん。「自らの世界観にこだわるのも1つの方法。でも、いろんな意見を取り入れて変化していくのも大事かなと」。
 本直しは、撮影開始前の2か月間をかけて行われた。ふだんは、コピーライターとして外資系広告代理会社に勤務しているため、執筆はおもに週末。土曜にとことん前田監督と話し合い、それを日曜にまとめていった。
 主人公を極限まで追い込むのは、シナリオ作法の基本。ただ、信条として、主人公を追い詰めるために人を死なせたり、暴力描写は使いたくない。反面、これまでの作品には、緊迫感が生まれないという悩みもあった。「監督も作品で人を死なせるのが嫌いな人なんですが、私より1枚も2枚も上手(うわて)。監督に言われて、設定を少し変えたら、アッサリ主人公を追い詰めることができて驚き(笑)。恋愛を入れたことで、シッポが生えたという設定自体に緊迫感を持たせることができました」。
 また、先行公開している北海道での観客アンケートで一番評判が良かったのは、父・母・姉にひかるが迷子になったときの昔話をさせ、それをひかるが陰でこっそり聞いている、というシーン。家族がシッポ人間になった自分を受け入れてくれているということを知り、“こんな姿でも、私は私!”と吹っ切れる、感動的な場面だ。これは、“3人に昔話をさせて”という監督の注文に応えて書いたんだとか。「過去を話させ、観客に家族の歴史を知らせることで、この家族がなぜ今こんなに絆が強いのかが浮かび上がる。仲良く話をさせる場面を何度も書くより、よっぽど有効なんです。この手法、今後も使えそう(笑)」
 撮影にも参加し、今は4月27日の東京公開を控え、宣伝活動にも走りまわる。多忙な日々を送る今井さんだが、実はすでに2本目の映画、日本・イラン合作映画『風の絨毯』のシナリオ執筆にも参加している。「『パコダテ人』が縁で知り合ったプロデューサーから話があって。人との出会いでどんどん仕事がつながっていく。映画作りの過程自体が、まさにドラマ。この輪が断ち切れないよう、書き続けていきたいです」。

撮影/山田なおこ
取材・文/伊藤彩子
「公募ガイド読者の映画脚本デビュー作です」と『パコダテ人』公開のお知らせを編集部に送ったら、「ちょうどシナリオライターの連載で次に取り上げる人を探していたんです」とタイミングが合い、取材が実現。東京公開前の4月9日発売号に掲載してもらえました。脚本を書き始めたのもコンクールに応募するようになったのも、この雑誌が情報源でした。

2001年10月9日付北海道新聞『ひと 2001』

制作中の映画「パコダテ人」脚本を書いた今井雅子さん

違い認める社会願う
 しっぽの生えた女子高生をめぐる騒動を描き、一九九九年の函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞で準グランプリを獲得した脚本の映画化が、来春以降の公開を目指して進み、このほど函館ロケを終えた。「撮影現場を訪ねて感激しました。頭の中で思い描いていた話に、命が吹き込まれていくようです」 ? 映画の中で訴えたかったのは個性の尊重。高校二年の時、交換留学生として米ロサンゼルスに一年間滞在した経験が原点にある。  「多様な人種で構成される米社会では、肌の色や言葉など、違いを認め合い、他者を受け入れていく。排除するのではなく『あいつ面白い』と感じて付き合えば、ぬくもりが生まれると思うのです」。しっぽ人間「パコダテ人」の主人公ひかるも、家族や友人の愛に包まれ、しっぽの生えた自分に自信を深めていく。  前田哲監督。宮崎あおい、萩原聖人、大泉洋らが出演する。「この映画で人恋しくなり、疎遠だった人との距離を縮めたいと思ってくれたら、うれしい」  大阪府堺市出身。旅行で訪れた際に気に入り、函館を舞台にした脚本を書き始めた。「新興住宅街で育ったから、歴史を感じる函館の街がうらやましい」。東京の外資系広告会社にコピーライターとして勤める。「広告コピーも脚本も、私の書いたもので人の心を動かしていきたい」と意欲を燃やす。東京都文京区で夫と暮らす。三十一歳。(函館報道部 佐々木学)
取材した函館報道部の佐々木学記者はこの取材の2年前に受賞脚本「ぱ こだて人」を読んで興味を持ち、電話取材してくれた人。以来、年賀状のやりとりの中で「映画化されるといいですね」と書き続けてくれていました。

『日経アドレ』1999年11月号 「広告業界はこう変わる」

若手広告マンVS学生 本音座談会
教えてください!広告の仕事の表と裏

華やかそうだけど、厳しそうな広告の仕事。広告業界を志望するアドレ読者が、3人の広告マン&ウーマンに質問をぶつけた。

(※今井の発言と、それを引き出した質問・発言を抜粋)

司会 今日は広告業界の仕事の実態について、学生の質問に答える形でお話をうかがいたいと思います。まずその前に、皆さんのお仕事の内容を簡単に紹介してほしいのですが。
今井 コピーライターは主に広告のコピーを書くのが仕事ですが、実際のコンセプトづくりヵら参加するケースが多くあります。例えば、新しいタバコをどういうコンセプトで売るかというところから始めたり、もちろん商品名を考えることもあります。うちは外資系の会社なので、得意先も外資系企業が多いですね。化粧品、保険会社、タバコ、飲料、プロバイダー、それに国内の外食産業。担当しているクライアントは10社ほどで、常に5つくらいが動いている感じです。忙しくなると、それが8つぐらいになる。

学生 皆さんが、広告業界を志望された動機を聞かせてもらえませんか。
今井 学生時代から標語などを書いては懸賞に応募していました。仕送りがほとんどなかったので、それで生計を立てていたんです。そういうのが好きだったらコピーライターをやったらいい、と友人に言われたのが、この仕事を始めるきっかけになりました。大学では応援団に入っていたのですが、直接応援をするというより、観客を乗せて応援に向かわせるという点が広告と似てるんです。面接の時には、「今まで大学を応援していましたが、これからは企業を応援します」なんて言った記憶がありますね。

学生 今井さんは外資系の企業にお勤めですが、社内では英語も話すんですか。
今井 クリエイティブの仕事では、英語を話す機会はほとんどありませんね。営業には帰国子女がすごく多いけど、社内では日本語を使っていますよ。

学生 広告業界の方は仕事一筋というイメージがあるのですが、実際はどうなんですか。
今井 仕事を生活の一部として消化していくタイプの器用な人が増えているように思います。例えば、仕事で知り合った人と遊ぶとか、アジアスター・フリークでコネがあるから、アジア関係のキャスティングのときに窓口になったりとか。自分の持ち味を生かしながら、趣味を仕事に絡めてしまう人が多いですね。
出席者 どこの代理店も言っていると思いますが、まず自分が生活者、消費者になることから広告を発信するのが大切だと思います。だから、化粧品を担当したときは大変でしたね。
今井 私は自分が利用しない商品がコピーを書くことがものすごく多いので、すべて経験しないと書けないとなると、それもまた辛いですね。ある政府観光局の仕事をしてましたけど、その国には行ったことがないし、ノンスモーカーですがタバコのコピーを書くこともあります。そういうときはフィクションの世界なんですけど、使ったつもりで考えてみますね。例えば、タバコは私にとってのお茶なのかなとか。そうやって何かに置き換えて世界を作っていきます。

学生 僕は一般企業の宣伝部の仕事にも興味があるのですが、広告代理店側から見ると、宣伝部の仕事はどう映りますか。
今井 今は宣伝部のない企業も多いと思いますよ。商品開発部が直接、新製品についての広告を頼む場合とか、マーケティング部が窓口となるケースが多くなっています。
出席者 営業の仕事はクライアントとスタッフの板ばさみになるケースが結構多いから、宣伝部側の立場がうらやましいと思うことはありますけどね。
今井 ただ、大企業でも宣伝部のスタッフは数人しかいません。入社できても、必ずしも希望する部署に配属されるわけではありません。宣伝部を目指して、その企業を受けるのは現実的ではない気がしますね。

学生 同じマスコミでも、テレビ局と広告代理店の仕事はまったく違うのですか。
今井 個人的な作業としてはCMプランナーとテレビ局のディレクターの仕事は似ている部分がすごくあると思います。ただ、目的がまるで違いますね。モノを売ることを目的に作っているものと、純粋にドラマや番組として発信しているものとは、やはり大きな差がありますよ。広告は人を動かして、行動させてなんぼのものだというのがあるから。
学生 今井さんは、自分の名前が出る作品を作ってみたいと思ったことはありますか。
今井 ありますよ。コピーライターの中には、趣味で小説を書いている人がすごく多いんです。私もその一人なのですが。別に名前を売りたいというわけではなくて、書きたいことがたくさんあるんです。営業の人も、ひそかに書いている人が多いと聞いたことがありますが。

学生 コピーライターって、言葉を仕事にしているわけですが、そんなに湯水のようにわいてくるものなのでしょうか。
今井 どうでしょう。確かに言葉を扱う仕事なのですが、言葉がよどみなく出るというのはマーケティングの方だし、説得力のある話し方はマーケティングのほうがうまいですね。
出席者 部門によって記憶の仕方が違うんだと思うんです。デザイナーは絵で覚えるし、CMプランナーは映像で、コピーライターは仕事の言い回しで記憶をする。で、マーケティングはというと、ロジックで覚えるんです。
今井 確かに見ているところが少しずつ違いますね。そういう意味では広告代理店っていろんな人種がいて面白いと思います。そんな人たちがチームを組んで、ムチャクチャになりつつも最後はまとまる。いってみれば、文化祭みたいな感じかもしれません。入社した時の私の想像が正しかったと思ったのは、毎日が文化祭準備期間みたいだということ。私は、学生時代に文化祭が大好きだったんで、今も夜中の2時ぐらいにみんなで「よし、やるぞ!」となると、すごく血が騒ぐんです。

学生 今までの仕事で一番楽しかったことや辛かったことについて教えてください。それと、広告業界に向く人間ってどんな人だと思いますか。
今井 実際の仕事と少し違うんですが、カンヌの広告祭というのがあるんです。30歳以下のコピーライターとデザイナーが2人1組で出るコンペがあって、今年それに出られたことがうれしかったですね。世界32か国のクリエイターが一堂に集まって、同時にポスターを作るんですよ。すごく楽しくて、この業界に入ってよかったと思いました。また、初めて自分が作ったコピーが印刷されたのを見た時の感激も忘れられない。あの時の気持ちは、大切にしていきたいですね。逆に、一番悔しかったのが、自分が担当していた会社があって、旅行から帰ってきた時に、別のスタッフに代えられていたことを知った時。入社3年目くらいの時のことで、「私はこの仕事に向いていないのか」と随分悩みました。私が広告向きだと考える人は、やはり文化祭のノリで一緒に楽しく働いていける人。ただ、クリエイターは楽しいだけではダメで、いいものを作ってくれる人でないと困りますが。一人で考えてすごくいいものを出すよりは、みんなでキャッチボールしていいものを出す人が個人的には好きですね。営業さんからいいキャッチコピーが出たとしても、悔しいと思わないでうれしいと思う人でありたいと思っています。そういうのが、広告代理店でコピーライターをやる醍醐味だと思っていますから。
「大学生の就職応援マガジン」日経アドレの座談会。広告業界側からは、わたしの他に他の代理店の男性が二人。職種は営業とストラテジック・プランナーで、それぞれの視点から興味深い意見が聞けました。学生側で出席した一人から後日「あのときの今井さんがあんまり楽しそうだったので、広告業界を志望することにしました。もっと話を聞かせてください」と連絡がありました。入社7年目、仕事がどんどん面白くなってきたこの頃、『ブレーン・ストーミング・ティーン』の前身となる『ぶれすと』を書き上げました。



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