Masako Imai's Cafe

Words
『ジェニファ 涙石の恋』サイト掲載コメント

愛と幸せのさざなみ  今井雅子(脚本)

ジェニファ役のJennifer Holmesと交わしたメールを読み返していたら、こんな言葉をみつけた。
”I agree making ripples of love and happiness the most important so that everyone understands that LOVE is what makes the world go round.
That we all must embrace the LOVE that exists inside of us”
「愛と幸せのさざなみをひろげることが大事よね。世界は愛で回っているってこと、
わたしたちみんなが自分の中にある愛を受け入れなきゃってことを伝えるためにね」。
その前にわたしから送ったメールは残っていないのだけれど、彼女の文面から想像すると、
「留学生って、愛と幸せのさざなみを立てる石ころみたいなとこがあるよね」
といったことを書いたのだと思う。
17歳だったJenniferが日本に留学して見たこと、感じたことは、
17歳だったわたしがアメリカに留学して体験したことと重なっている。

もちろん、留学生は決して「愛や幸せを運ぶ天使」なんかじゃない。
「LOVE」も「HAPPINESS」もすでにそこにある。
一人ひとりの中に。だけど、毎日の生活の中で見失っているだけ。
そこに留学生という石ころが投げ込まれ、爆弾発言や突飛な行動が混乱を巻き起こす。
まわりはいい迷惑なのだけど、ひっかき回されてはじめて気づくことがある。
自分にも愛する人がいること、そして、自分を愛してくれている人がいること。
恋人や夫婦だけじゃなくて、家族や近所の人やクラスメートや先生たちも、
挨拶や笑顔を交わす瞬間、人は思いやりをやりとりしていること。
花をきれいだと思ったり、消えていくものを惜しんだりする気持ちも愛だってこと。
そんな風に誰かを(何かを)愛せることが、幸せだってこと。
ささやかだけど大切な発見。そのきっかけになる少女ジェニファの話を書きたいと思った。

映画も、観る人の心に投げ込まれる石ころのようなものだと思う。
『ジェニファ 涙石の恋』を見て、いろんなことを思い出したり考えたりした人の心に
愛と幸せのさざなみがひろがりますように。
「サイトに載せるコメントを」ということで、主演のJenniferと留学体験者同士で意気投合した話を書きました。最初「さざなみ」を「波紋」と書いていたのを、直前で修正。

『ジェニファ 涙石の恋』劇場パンフ掲載コメント

心の扉を開ける鍵   今井雅子(脚本)

 主演のJennifer Holmesにはじめて会った日、「鍵の話」をした。
16歳から17歳にかけて、ロサンゼルス郊外の町でホームステイした。日本に帰る日、空港へ向かう車の中でホストファーザーが「家の鍵はどうした?」と聞くので、「キッチンカウンターに返しておいた」と言うと、「ダメじゃないか。今度帰ってきたとき、どうやって家に入るんだ?」。これからも家族でいていいんだと思うと、涙が出てしょうがなかった。「玄関を開ける鍵は置いてきたけれど、お互いの心の鍵は今も持っている」と話すと、Jenniferは「わかるわかる」とうなずいた。
 Jenniferは、高校時代の日本留学で自分を愛せるようになったという。心に抱えきれないほどの荷物を抱えこんでいた彼女は、誰も自分を知らない国で、まっさらな気持ちで自分に向き合えたのかもしれない。受け入れる側の人々もまた、留学生という異質な存在との出会いを通して、自分を見つめ直す機会を得る。
留学生に限らず、ホームステイに来る人というのは、水面に投げられる石のようなものだと思う。家庭、学校、地域社会、それぞれのコミュニティに暮らす人々が折り合いをつけ、バランスを保っているところに石が投げこまれると、静かな水面はかき乱され、波紋を広げる。そのゆらぎの中に、忘れていたものが浮かび上がってくる。たとえば、家族の思い出。ありがとうの言葉。贈りものをする気持ち。とても大切だけど、日々の暮らしの中で置き去りにされているもの。一言で表すなら、「愛(LOVE)」だと思う。
 『ジェニファ 涙石の恋』のジェニファは、ホームステイ先の寺で出会った隆志の心の扉をたたく。その扉の奥に、自分と響きあう何かを見つけたから。失われたもう片方の羽根のような、自分の欠けた部分を埋めてくれる何かを。長いあいだ閉ざされていた扉はとても重く、なかなか動かない。けれど、ジェニファは扉をたたくことをやめない。それは彼女にとっては運命のようなものだから。愛を知らずに育った彼女は、はじめて、思いきり名前を叫びたい相手を見つけたのだ。
 ジェニファが扉をたたく音は清らかに澄み、隆志の心の奥のかたくなな部分をやさしく震わせる。重い扉が開いたとき、隆志の前には新しい風景がひらける。他の誰にも見えなくても、隆志の無垢な瞳には、そこにたたずむジェニファの姿が映っている。いつまでも、いつまでも。
「今度はパンフにコメントを」と言われ、サイトに書いてないことで何を書こう……と思い出したのが鍵の話。初対面のJenniferが「そのエピソード、そのままシナリオに使える!」と気に入り、脚本に起こしたりもしました。結果的には必要のないシーンになりましたが、この話をしたことで、Jenniferの心の扉は開いたのかも。

第11回あおもり映画祭(2002/07/10-28)パンフレット

世界一しあわせな物語

 昔むかし、といっても、ほんの二年ほど前。あるところに、ひっそりと息をひそめて、幸せを待っている「物語」がありました。ある日、「何だ君は? 『ぱこだて人』? 変な名前だなあ」と上から呼ぶ声がありました。呼びかけたのは、映画という世界に生きている王子でした。王子は物語を手に取り、家に連れて帰りました。つまらなかったら、捨てられてしまう! 物語はびくびくしましたが、王子は錬金術師のものとを訪ね、「この物語を動かしてみたい。だけど、僕にはお金がない」と訴えました。貧乏だけれど心やさしい王子のために、錬金術師はほうぼうを駆け回り、お金を集めてきました。それから、「お礼はあまり差し上げられませんが、力を貸してくれた方には、幸せが訪れるでしょう」と触れ回り、映画の国の今をときめく演じ手や技術者たちを集めました。王子は、物語をどこに出しても恥ずかしくないように、知恵をしぼり、できる限りのことをしました。王子に磨かれて、物語は、よりなめらかに、より美しく輝きだしました。ごつごつした石ころが宝石に化けるように。ぺちゃんこになって人知れず暮らしていた物語は、生き生きと動きだし、『パコダテ人』という新しい響きを授けられ、劇場という名の晴れ舞台でお披露目されることになりました。錬金術師が言ったとおり、この映画には、見た人を幸せにする不思議なチカラがありました。客席で笑ったり、泣いたり、胸をなでおろしたりしている人々を見るたび、物語は、たくさんごほうびをもらった気持ちになりました。そして、いつも同じところで涙ぐむのでした。映画をつくった人々の名前が流れる場面です。ちっぽけな物語だった自分に生命を吹き込むために、見えるものや見えないものを差し出してくれた、たくさんの人たち。その一人ひとりに心の中で「ありがとう」と言い、生まれてきてよかった」とつぶやく物語は、世界一のしあわせ者でした。   『パコダテ人』脚本 今井雅子 www.masakoimai.com
あおもり映画祭には、このコメントのみ参加。『ぱこだて人』のシナリオが前田哲監督に見出され、三木和史プロデューサーが資金を集めて映画化にこぎつけ、完成した経緯を昔話風に書いてみました。上映は、監督いわく「よく笑い、よく反応してくれて、気分良かった」そう。とてもあったかみのある映画祭のようで、いつか作品を携えて訪ねてみたいと思っています。

『月刊シナリオ』2002年5月号「脚本家への道」

『ぱこだて人』から『パコダテ人』へ
〜魔法をかけられたシナリオ〜


《原石を見出だした監督》
 シナリオ『ぱこだて人』は函館港イルミナシオン映画祭第4回シナリオコンクールで準グランプリを取った作品である。だが、受賞しても映画化は約束されない。誰かが手を挙げる幸運に恵まれない限りは。風は、思いがけないところから吹いてきた。審査員宅にあった応募原稿が前田哲監督の目に留まり、「映画化したい」と連絡があったのだ。監督の名前も作品も知らなかったが、「これはイケると思います。イメージはできています」という力強い言葉に、「いい人に見つけてもらった」と思った。監督との出会いがなければ、『ぱこだて人』は受賞作品集の中に埋もれたまま、それを偶然手にする限られた人の目に触れるだけの物語で終わっていたはずだ。

《プロデューサーの魔術》
 監督が前作『sWinG maN』で組んだ三木和史プロデューサーを巻き込み、映画化に向けて準備が始まった。良くいえば奇想天外、悪く言えば荒唐無稽なストーリーには、「女の子にシッポが生えるなんて、エッチっぽい」「大人の鑑賞に耐えられない」というネガティブな反応が多かった。プロデューサーは、「前田哲なら絶対に失敗しません」と得意の口八丁で太鼓判を押し、「設定の面白さは生かしつつシナリオを改訂する」という条件付きで出資や協力を取り付けていった。「世界広しといえども、この企画を映画にできるのは俺しかいない」と彼は豪語するが、誇張ではないと思う。

《ドラマティックな変身》
 映画化の目途がつき、監督との本直しが始まった。主な改訂ポイントは「恋愛がない」「家族の話が弱い」「ラストが悪い」。シナリオを読んだ関係者にことごとく指摘された点である。『ぱこだて人』には、シッポ美少女ひかるのボーイフレンドは登場せず、もう一人のシッポ人間・古田には妻がいて、文子はただの詮索好きな保母だった。「シッポが生えていちばん困るのは、恋でしょう」という監督の言葉で、ひかるはクラスメートの隼人と、男手ひとつで娘を育てている古田は文子と、いい感じになりかけた矢先にシッポ!という設定に変更。相思相愛なのに距離を詰められないひかると隼人の恋の行方が、物語を引っ張る牽引力になった。無邪気なだけの保育園児だった古田の娘は、「秘密を守ったらママが来てくれる」からと父親のシッポを隠す、けなげで泣かせる女の子になった。さらに、家族の絆を強調するため、ひかるの両親の存在を濃くし、一家で困難に立ち向かうシーンを大幅に増やした。オリジナルは、シッポ人間を目の敵にする『清く正しく美しい函館を守る会』との対決で終わっていたが、「家族やボーイフレンドの愛」が強調されるラストにするため、アイデア出しを重ねた。監督は役者のチャーミングな部分を引き出すのも得意で、「徳井さんが、この仕草やったら笑える」「美由紀さんなら、こう言う」と、キャスティングと並行して、あて書きのように本直しを進めていった。

《原石を宝物に変えた魔法》
 ひらがなだったタイトルは、「カタカナのほうがポップで世界観に合う」ということで『パコダテ人』と改められた。生まれ変わったのは見た目だけではない。オリジナルの 『ぱこだて人』から決定稿の『パコダテ人』に至る過程で、余計な要素はそぎ落とされ、メッセージを伝えるのに必要なエッセンスだけが凝縮されていった。函館での撮影を目の当たりにして、監督が本づくりの段階から計算していたことを確かめることができた。主人公一家は、ほんとうの家族になって、泣き笑いしていた。ひかると隼人の恋はせつなく、二人の手と手が触れるだけで、ときめくラブシーンになった。どの登場人物にも愛すべきキャラクターがあり、生き生きと物語の住人になっていた。映画『パコダテ人』は「現代のおとぎ話」だが、ひっそりと王子様を待っていた『ぱこだて人』が監督に見初められ、かわいい魔法をかけられ、スクリーンという晴れ舞台に躍り出た夢のような出来事こそ、わたしにとってはフェアリーテイルだと思っている。

*今回掲載するのは、撮影ぎりぎりまで監督と練り上げた決定稿で、撮影・編集を経た完成フィルムの採録とは異なります。役者のアドリブ、ロケ地函館の雰囲気、現場のひらめきなどを盛り込み、笑いも涙もいっそうパワーアップした劇場公開作品と、あわせてお楽しみください。
シナリオを書く人なら、「いつか載りたい」と憧れる『月刊シナリオ』にデビュー作『パコダテ人』の決定稿を載せてもらい、「脚本家への道」ともったいない題をつけていただいたコメントも掲載され、表紙に二つも名前が載ってしまった幸せ者。顔写真を求められ、うっかり全身写真を渡したら、切り抜きではなく角版で載ってしまったのには、びっくり。『月刊シナリオ』『月刊ドラマ』への他の寄稿はこちら

NHKドラマDモード『彼女たちの獣医学入門』番組広報資料2001年8月

作者のことば

 獣医学部に入って、いちばん嬉しかったことは何ですか。悲しかったことは何ですか。
 取材で知り合った学生たちとのやりとりで意外だったのは、「いちばんドキドキしたことは何ですか」という問いに、ほぼ全員が「まだ体験していませんが」という前置きをつけて、「国家試験」と答えたことでした。獣医学生の何を切り取り、ドラマにするか。実験、実習、研究室、クラブ活動……。数ある候補の中から選んだのは「就職」でした。
 入学したときから将来を見据えていた学生たちにとって、就職活動は6年間の集大成であるだけではなく、ずっと温めてきた夢をつかむための大勝負。だからこそ、切実で妥協は許されない。そこに葛藤と成長のドラマがあると思いました。まっすぐに、ひたむきに目標に突き進む主人公たちの姿に、北海道の風のような清々しさを感じてもらえたら。そして、獣医学生たちが、自分の選んだ道に一層胸を張れる作品になればと願っています。  今井雅子
NHKドラマDモード枠で放送された単発ドラマ。再放送とあわせて3度放送されたので、「観た!」という人によく会います。「自分の就職活動を思い出した」という人が多く、獣医学生を身近に感じてもらえたようです。



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